ぽけてん

someone in the crowd

創作

辺境の渚

その演奏は湖の底を思わせた。ゆっくりと底へ沈み込む感覚。静謐なベールが辺りを柔らかく覆う。間が思考を奪い去り、哀切を思わせる旋律が僕の身体を通り過ぎる。 空には淡いひつじ雲が広がっている。窓は空いていたが風はなく、調和的な空間がそこにあった…

Transit 9 hours

大きな窓からは現実感の欠けた空が見えた。染料が掠れたような空と引き伸ばされた雲。淡い陽光は弛緩した時間を照らした。 待合スペースには僕とグレーの制服を着た清掃員の男が一人いるだけだった。清掃員の男は大きなモップを規則的に動かし、右へ左へ移動…

あの日見た海

遠くで揺れる陽光、じっとりとした松の香り、ローカル局のラジオ番組……何かしらがきっかけで、僕の身体は一瞬にしてあの青空の下に晒されることがある。10歳くらいの僕は海に訪れていた。空に屹然とする太陽は地面に濃い影を作り出し、吹き上げる海風は潮の…

Wednesday Lunch

水曜日の昼間になるといつも潮の香りを感じる。まっさらな展望の下、緩く曲線を描く水平線。低く並んだ積乱雲をじっと睨む。吹き抜ける風がどこか勇ましい。僕のいる場所こそが最果てであり、なおかつ全ての中心である。それは部分的に正解だし部分的に間違…

Melody in the line

● 机上の散らばった楽譜を雑にどけてマグカップを置く。鯨が描かれたマグカップからふわりとインスタントコーヒーの香りが立ち上った。伸びてきた前髪を左に流し、ベージュのコーデュロイジャケットを着る。東京に越してきてもう2年になるが、やはり海のない…

白い塔

問いかけなければ答えは出ない。ベレー帽を被った熊が頭の中をぐるぐると回る。夜の学校は異様に静かで、虫の鳴き声が妙に大きく聴こえた。これは本当に届くのだろうか。そんな疑問が浮かんでは消え、次第に闇夜に溶けていった。 ●ライ麦畑でつかまえて ●デ…

UOを折ってみた

昔付き合っていた彼女の家にはレコードプレーヤーがあって、僕らはよくthe beach boysを聴きながら発泡酒をちびちびと飲んだ。 彼女は神保町でレコード盤を探す以外はずっと家で音楽を聴いていた。彼女の家の前に立つときまって一昔前の洋楽が聞こえてくる。…

満月、故

大学生の時、本屋でバイトをしていた。のどかなバイト先だった。穏やかな性格の人が多く、本当にストレスフリーな職場だった。 そんな中、少し変わった人がいた。名をゆきのさんと言う。フリーターで年は24,25くらいだと思う。 土日に僕はゆきのさんとシフト…