ぽけてん

someone in the crowd

Wednesday Lunch

 

 水曜日の昼間になるといつも潮の香りを感じる。まっさらな展望の下、緩く曲線を描く水平線。低く並んだ積乱雲をじっと睨む。吹き抜ける風がどこか勇ましい。僕のいる場所こそが最果てであり、なおかつ全ての中心である。それは部分的に正解だし部分的に間違ってる。目玉焼きにかけるのはケチャップだけとは限らないように。水曜日の昼間は均衡の保たれた時間帯だ。後ろを振り返れば過ぎた土日があり、前を向けばこれからやってくる土日がある。両点の中心地、それが水曜日の昼間。この世界で最も穏やかで調和的な時間帯。

 

雑居ビルに囲まれた小さな公園で僕は"お散歩ハト"を眺めていた。お散歩ハトとはその名の通りお散歩するハトだ。この小さな公園に生息するハトは大抵お散歩ハトでビルの間から漏れるレースのような光の中を気高く歩く。お散歩ハトは無駄に自分を誇示しない。どのハトものサンタモニカの桟橋ように快活さを身に纏いながらも聡明さを内に含む。僕は昼になると大抵、近くのスーパーで68円のおにぎり2つ(おかか野沢菜)と焼きそばパン1つ98円、計228円のランチを片手に公園へ赴く。僕はお散歩ハトに挨拶し、お散歩ハトもまた僕に挨拶する。それが水曜日の昼間だとなおさら凄いことになる。なんて言ったって水曜日の昼間は調和的だからだ。僕は野沢菜のおにぎりをもぐもぐし、ハトはお散歩をする。時間だけが通り過ぎ、川の淀みに浮かぶ落ち葉のような穏やかさだけが鎮座する。

 

お散歩ハトを見ているとたまに寂しくなる時がある。多分、それはお散歩ハトが過去を想起させる瞳を持っているからだ。日に当たると翡翠に光る瞳。もう会うことはないであろう過去の人達が現れては消え、寂寥を含む霧が僕をゆっくりと締めつける。一緒に夜の学校に忍び込んだ彼、江ノ島しらす丼を美味しそうに食べていたあの子、軍手おじさん、芝犬みたいな顔をした近所のコンビニの店員……………………………軍手おじさん?記憶の泡沫は淡い光に照らされる。決して嫌な気分ではない。僕は転がり落ちる石を見ても同情などしないからだ。それでも、寂しさの波にのまれそうになる時はピザのことを考えるようにしている。丸いものはいつだって心を癒す。弾力のあるもちっとした生地のナポリ風ピザ。誰しもが心でピザを焼くことが出来れば世の中は少しだけ優しくなると思う。石窯は少し重いけど。

 


僕はお散歩ハトに別れを告げ、温い沼から這い出るような気分になりながら公園を去る。調和は崩れ、目の前にはいつもの混沌とした世界が広がっていた。

 

 

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