夜明け
こつこつと音が響く。青藍がじんわりと街を満たし、まばらに明かりが灯る。老若男女、色んな人とすれ違う。雑音とテールランプ。派手ではない、さりとて寂れてもいない。長らく切れたままでいる電飾がくしゃみをする。
いつまでもこんな虚言無行のパレードが続くように感じていた。
地下道に並べられる絵画達。私の原風景が額に入れられ綺麗に飾られている。この想いは誰のもの。歩を進めるたびに移り変わる景色に少し酔ってしまう。真夜中に見る内浦の青い空と青い海はどうしてこんなに遠く感じるのだろう。
空想世界が好きだった。それで満足していたはずだった。様々な世界を読んだ、多くの人を読んだ。
手を引かれ、入り込んだのは未知の海だった。身をもって実感する痛みと胸を焦がす情熱。それは文字を追ってるいるだけでは気づけない発見だった。
太宰治も芹沢光治良もエミリーブロンテもヘミングウェイも教えてくれなかった。だって私の物語は、私が見つけるしかないから。
誰かの夢でもなく、誰かの宝物でもなく、誰かの景色でもなく、これは私の物語。苦悩も葛藤も全て私のもの。
人気のない仲見世通りをゆっくりと歩く。思い出がキラキラと駆け抜けてゆく。残響と浮遊感。
言葉とは不思議なものだ。言葉は力となる。良くも悪くも人を縛る。今までずっと文字を追ってきたはずなのに、改めて言葉の力を知ることになるなんて。
声に出すこと、宣誓すること。自分への呪文。私を縛る縄。それは枷ではない。願いへの一本道となる。
気づいたら走っていた。全力で。速く、速く、速く、速く、もっと速く。
漁船の明かりが海の上をゆらゆらと漂う。海風が私を煽る。目元が少し冷える。自分が泣いていたことに気づく。
聞こえてくるのは過去の私の声か、未来の私の声か。
日が昇る。陽光は、朝露を照り輝かせ、塵や埃を浮かび上がらせる。海は青さを取り戻す。
やわらかな光に包まれて、ぼそっと呟いた。
「私が、センターだ」