ぽけてん

オタクシグナル

broccoli night

相席屋を後にした僕らは池袋で路頭に迷っていた。電飾を纏った看板が夜を濃くさせている。僕は路上に座り込み人の往来をぼんやりと観察し、松本はランチパックを齧りながらスマートフォンで何かを調べていた。ぼろい雑居ビルに切り取られた星のない夜空はなんだか閉鎖的な気分にさせた。僕らが浮かない顔をしているのは相席屋での戦果が芳しくなかったからである。それは買ったばかりのスニーカーを汚してしまった時のような顔だった。僕は少し疲れていた。コンクリートで塗り固められた景色、ドブの臭い、即物的な快楽、出口のない問題、その他諸々に嫌気がさしていた。茹でた山盛りのブロッコリーを食べ続ける囚人のように精神をすり減らした。

「松本の出身って東北だっけ?」僕は尋ねる。

「あぁ、ひどく退屈で何もない場所だったよ」

「駄菓子屋はあった?」

「そんなのはないさ。あるのは永遠に広がる田んぼだけ。エロ本を買って橋の下で友人達と読みまわすくらいしか娯楽がなかったよ」

想像してみた。田んぼの畦道、伸びるひとつの影、大きな入道雲、風に揺れる稲穂、干からびた蛙・・・

「俺は高校で野球部だったんだけど、」松本は思い出すように話し出す。

「夏の最後の大会、9回裏1死2塁、そこで俺の打順だった。今でも思い出すよ。焼き尽くすような日差し、額から無限に流れ出る汗、口の中はカラカラ、震える手を抑えながら打席に立った」

僕は缶ビールを一口飲み、続きを促した。

「俺は1度も部活をさぼることもなく練習に励んだ極めて真面目な選手だった。皆からの期待もそれなりにあった気がする。でもな、」

松本は射精でもしたかのような表情で遠くを眺める。

「その打席、見逃し三振だったんだ」

 

 

 

 

 

相席屋で僕らが大事にいていることはただひとつ。劇的であること、だ。

 

僕「松本の職業当ててみて」

女1「んー工場勤務っぽい」

松本「すげー!当たり!」「なんの工場だと思う?」

女2「パン?」

松本「えwなんでわかるの?事前に俺のこと調べてきたでしょ」

女2「パン作ってそうな顔してるもん」

僕「あー確かに。ジャムおじさんっぽいもんね」

松本「ふざけんな」

女1「パン持ってないの?」

松本「あるよ」おもむろにランチパックを取り出す。

女1女2「なんであるんだよw」

 

こんな具合に。

 

 

 

 

 

白い扁平な陶器。その上にブロッコリーの概念を置いたとする。それを見た僕は「蓋然性合理主義的な視覚イメージだ」と思う。僕はそういう方法でしか物事との距離を掴むことができない。多くのブロッコリーがそうであるように綿密な情報は結局、認識の欠落を生む。

 

 

 

 

 

「おっパブに行くか」

唐突に松本が言った。僕は既に結構眠たかったし、疲れていたし、おっぱいなんか全く揉みたくなかったが、こう言うしかなかった。

「やれやれ」

 

 

 

 

 

地下へと続く階段を下りながら田園風景の広がる田舎町について考えていた。駄菓子屋のない幼少時代というのは少し想像が難しかった。店内は足元すらよく把握できないほど暗く、寒色系の照明がまばらに設置されていて、それは深夜の病院を思わせた。赤いソファーに座る。よくわからないシンセサイザーの曲が流れ、テーブルの奥にはパキラの植木鉢が置いてあった。嬢がやってくる。テキーラで乾杯し(1杯2500円)、おっぱいを揉み(期待以上に柔らかい)、退屈な話をして(別の店で手越と会ったことがあると言っていた)、接吻をする(間接的に手越とキスをしたことになる)。頭の片隅にはずっと田んぼの畦道がこびりついていた。嬢が去り、次の嬢がやってくる。以下、繰り返し。2人目の嬢が去った後、妙な違和感があった。自分がどうも作業的なのである。何故?僕のグレートモスも中途半端な機嫌だった。

 

3人目の嬢がやってきた。艶やかな黒い髪、ゆるいたれ目、スリムな身体。その嬢は席に着くなり、僕のズボンのチャックを下ろし、グレートモスを鷲掴みした。言葉は不要だった。激しく舌を絡め合い、おっぱいを揉みしだいた。性は情熱である。そんな単純なことを忘れていた。僕は劇的であることに囚われ過ぎて、本音を見失っていたのだろう。

「ねぇ、上手く言えないんだけど君は凄く素敵だ」

「うん、知ってる」

僕は気づいたら指名・延長・テキーラ追加をしていた。金閣寺を燃やした時もこんな気分だったのかもしれない。グレートモスが全てを壊したがっている。

「ずっと見ていた白い塔があったんだ。別にそれに対して特別な想いはない。ただそこにあるだけの塔。ただ、それは僕の原風景だったんだ。久々にね、その白い塔を見に行ったらなくなっていたんだよ。綺麗さっぱりなくなっていた」

「悲しかったの?」

「さぁわからないよ。でも、僕はそういうのが苦手なんだ」

「どうして?」

「だって何もかも疑わしくなっちゃうじゃないか」

嬢は優しく微笑んだ。

「あのさ、どうして人はその時の感情に任せて身の丈に合わない適当なことをいっちゃうのかな」

「その時は本物だったのよ」

「次の瞬間に忘れたら意味がないじゃないか」

「そもそも意味なんてないのよ。パセリみたいにね」

僕と嬢はまた熱い接吻を交わした。

スタッフがやってきて終了の時間を知らせた。スタッフはチャックから飛び出した究極完全態グレートモスを見てぎょっとしていた。

「また会いたいな」

「うん」

 

 

 

 

 

階段を上ると最悪な気分が襲ってきた。浜辺に置き忘れらたビーチサンダルみたいな老婆が前を横切る。田園風景を思い描いて気分を直そうと試みたが、上手くいかなかった。

松本はブロッコリーに丁寧にマヨネーズをかけていた。

「あの夏以来、俺は辞めたんだ、何かを積み上げることを」

「辛くない?」

「いいや全く」

ドヴォルザーク新世界よりの旋律が頭の中で駆け巡る。

「なぁ、5年後、お互いがまだ暇を持て余していたら一緒にアフリカで泥水を啜っている子供達にエロ本を配る仕事でもしてみないか」

「いいね」