ぽけてん

オタクシグナル

津島善子「ガンジス」①

 

 

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 〔津島善子

 

あの子の声が聞こえた気がして振り返ったが、そこに彼女の姿は見えなかった。

 

まとわりつく熱気と喧騒にうんざりしながら駅の中へと入る。電光掲示板は乗る予定の列車が30分遅延していることを知らせていた。駅のホームは地べたに座っている人や寝っ転がってる人で溢れている。ふらふらと歩き、バックパックを枕に寝ている欧米人の横に腰を下ろした。

 

 

インドでは電車が当たり前のように遅れる。が、それは長距離列車だけでニューデリーのような都市部の地下鉄は日本となんら変わらない。時間は正確だし、とても綺麗だ。空港に着き、都市部へと向かう電車が本当に綺麗で、想像していたインドと違い拍子抜けぬけしたほどだ。私が知らなかっただけでこの国は非常に発展している。

 

沈みかけた太陽の光が駅のホームに差し込んでくる。私は時間を潰すためにおもむろにタロットカードを広げ占いを始めた。占うのは勿論あの子の安否。ふと視線を感じて顔を上げると数人のインド人が遠巻きに私を眺めていた。女一人、駅のホームでタロットカードを扱っているのがそんなに珍しいのだろうか。数分後、人だかりができてしまった。何を言うまでもなく真顔で私を眺めるインド人達。

 

「な、何かいいなさいよ!」

 

恥ずかしくなり、私はそそくさとその場を脱出した。

 

夜の帳が下りた頃、電車がホームに滑り込んできた。予定時刻の2時間遅れ。

 

一晩列車に乗り、デリーからバラナシへ向かう。列車の中は妙に騒がしかった。インド人の子供がわちゃわちゃしている。暇だったから近くに来た子供の脇腹をつついたらゲラゲラと笑ってくれた。インド人の子供は弾け飛ぶような笑顔を見せる。こういう笑顔はなかなか日本で見られない。何人かの子供達が私の横にやってきて、脇腹をつつかれ、ゲラゲラ笑って帰っていく。

 

「いいね、あなたたちは楽しそうで。こっちは何一つ楽しくないわ。」

 

イアホンを耳につけ、寝る準備を始める。ふと1ヶ月前の情景が浮かんできた。

 

その日、私の家にずら丸が遊びにきた。お酒を飲みながらずっとお喋りをしていた。ずら丸とこうやってのんびりお喋りするのは久しぶりだったし楽しかった。普段以上に酔っていた。そろそろ寝ようかとなった頃、私はずら丸にキスをした。一瞬の沈黙の後、顔を赤くしたずら丸は何も言わずに家を出て行った。

 

あの子は21歳の誕生日を迎える前日、私とルビィに「インドに行って死生観を考え直してくるずら」と一言告げ、渡印した。キスをした2週間後のことである。

 

うっすらと明るくなった流れる景色を車窓から眺めながら、私はぼそりとあの子の名前を呟いた。

 

 

 

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津島善子「ガンジス」② - ぽけてん

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